NPO法人遍路とおもてなしのネットワークのネットワーク

四国八十八ヶ所について

四国遍路とは

弘法大師(空海)が修行の場とした四国88ヶ所に開いたとされる霊場各所を巡り歩く巡礼の旅のことです。 巡り方の交通手段は人それぞれなのですが、近年「歩き遍路」と呼ばれる昔ながらの歩いて回る人の増加が見受けられます。これには平均50日前後の時間を要します。それと同時に若いお遍路さんが増えてきているように思われます。

最初に四国を修行する人々の様子が書かれるのは「今昔物語集(推定1140年前後)」で修行僧たちが伊豫、讃岐、阿波、土佐と四国の海岸を選んで修行していることから、当時、海の彼方にあると信じられていた神道上の世界「根の国」へ渡ることを願った修行の一環ではないかと考えられています。
そしてこの中で注目すべきことが、修行が行われていた“海岸沿いの道や土地”のことを「辺地」(へち)と称している点です。辺地=辺路=偏禮=邊路=遍路となった説が有力視されています。

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おもてなし(お接待)

「お接待」とはお遍路さんを支援する昔ながらの風習です。
宿や食べ物を無償で提供するなど、善意によるおもてなしです。お接待は疲れたお遍路さんの体だけでなく、心の癒しにもなりました。険しい道のりだった四国遍路において、遍路の存続を大きく支えました。

また古来より、修行や巡礼で各地を巡る僧たちに「お布施」をささげて仏恩(仏の恵み)を受けようといった風習により「私の分までお参りして下さい」という代参を託す意味合いや、接待自体が行でもあり功徳となるとも考えられました。

江戸期以降、一般の人々に巡礼が広まると、その人々にもお布施と同じように施しを与える風習が定着し、これが「お接待」の原型ではないかと考えられています。
いまでも「お接待」の風習が根強く残っているのはここ「四国」だけといっても過言ではありません。

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弘法大師(空海)について

弘法大師・空海(774-835)は、宝亀(ほうき)5年(774)6月15日、現在の香川県善通寺市(第75番札所)に生まれました。15歳で都に上り、18歳の時に大学に入学します。
大学では中国の哲学、思想を学びますが、やがて立身出世を目的とした大学の学問に疑問を感じるようになりました。

24歳の時、「仏教こそが最高の教えである」という考え方をまとめた「三教指帰(さんごうしいき)」を著すと、山野を巡り修行する出家修行者となり、各地で厳しい修行を重ねました。(四国で修行した場所が今の遍路道や札所にもなっています。) ある夜、大和国久米寺の東塔の下に仏教の究極の教えである密教を説いたお経、「大毘盧遮那成仏神辺加持経」(だいびるしゃなじょうぶつじんぺんかじきょう=略称は「大日経」)があることを夢で知り、この地を訪ね「大日経」にめぐりあいました。 しかし「大日経」を読んでもその意味は十分にわからず、かといってその疑問に答えてくれる師は日本にはいません。そこで師を求め、唐(現在の中国)の都・長安へ留学することを決心したのです。

延暦23年(804)7月、31歳の空海は九州長崎の松浦郡田の浦から遣唐使船に乗り長安を目指します。海上での暴風雨、長い陸路の旅など幾多の苦難に遭遇しますが、出帆して半年後、やっと唐の都・長安に到着します。 長安では密教の師を求めて諸寺を歴訪し、ついに、正当な密教を受け継ぐ唯一の僧侶、青龍寺(しょうりゅうじ)の恵果阿闍梨(けいかあじゃり)にめぐりあいます。恵果阿闍梨は自らが受け継いだすべての教え、そして密教の奥義を余すところなく空海に伝え、ここに、空海は密教の正当な後継者となり恵果阿闍梨から「遍照金剛」の名を授かりました。 すべてを伝えた恵果和尚は「一刻も早く日本に帰り、密教を広め人々を幸福にするように」と空海にすすめます。そこで空海は20年の留学僧としての勤めを2年足らずで切り上げ帰朝するのです。

帰朝後は、恵果阿闍梨の教え通り「真言宗」を立教開宗し、京都の教王護国寺(東寺)、和歌山の高野山を拠点として活躍します。その活動は、宗教活動はもとより社会活動や文芸活動、書など多岐にわたり偉大な足跡を残しました。 そして承和(じょうわ)2年(835)3月21日、高野山で62歳の生涯を終え、入定(死去)しました。

※「弘法大師」という諡号は空海の死後86年経って高野山第4代座主を務めた観賢という高僧の努力により朝廷から送られました。
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真言宗とは

仏教は、今日より2500年ほど前のインドでお釈迦さま(紀元前463年、現ネパールのルンビニーで生まれたシャーキヤ国=釈迦族の王子、ゴータマ・シッダールタ)が悟りを開かれ、仏陀(ブッダ=開眼した人)となられたことに端を発します。

よって仏教とは、「仏陀の教え」ということなります。また、その教えは修行によって人間の苦しみを解決する教えでもあります。その意味では、仏教とは「仏陀になるための教え」でもあります。 インドで生まれた仏教はやがて、中央アジアを通り中国、モンゴルなどに伝わり(北伝仏教)、その後、朝鮮半島を経由して6世紀頃日本に伝来しました。

また、インドからセイロン(現スリランカ)に伝わった仏教は、11世紀にはビルマ(現ミャンマー)やタイへ伝わるようになります(南伝仏教)。このように仏教は世界各地へ広がりますが、弘法大師によって開かれた真言宗は、仏教の中でも特に密教であるといわれます。 密教とは「仏さまの秘密の教えを明らかにした教え」という意味ですが、この教えはお釈迦さま在世時代のインドにすでに存在し、それが7世紀ごろに段々と体系化され、8世紀には中国やチベットに伝わったといわれます。
そしてこの教えが弘法大師により日本に伝えられ、「真言宗」となったのです。

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■更新日:2020/03/10

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